こんにちは、京都市中京区の「こうの法律事務所」です。
「AIに強い弁護士」を目指し、AIを活用しながら法的トラブルの予防・解決に取り組んでいます。
企業でも、ChatGPT(チャットジーピーティー)やGemini(ジェミニ)などの生成AIの利用が進んでいます。
非常に有益なツールである一方、その利用には情報漏洩やハルシネーション(誤った回答)といったリスクもあります。
社員にどのように利用させるか、頭を悩ませている会社も多いのではないでしょうか。
今回は、「社員が無断で生成AIを業務利用した場合に、懲戒処分ができるのか?」という問題について弁護士が解説します。
結論
- そもそも就業規則などに、生成AIの利用は禁止、あるいは承認が必要と明記されていたのに、無断で利用したのか。
それとも、生成AIの利用について特段ルールがない状態で、無断で使用したのか。
それによって、結論は変わり得ます。 - ただし、禁止・承認制になっていたのに無断で利用したとしても、それ自体を理由に行った懲戒処分、特に減給や解雇といった重い処分は無効となる可能性が高いです。
- 一方、無断で機密情報や個人情報といった情報を入力して外部に漏洩させたり、生成AIの回答結果をろくに検証せず業務に用いて顧客や会社に損害を与えるような結果を招いたような場合は、一定の懲戒処分が有効となるケースも考えられます。
いずれにしてもケースバイケースで、個別具体的な事情を踏まえた法的判断が必要です。
社員から「懲戒処分は無効」と争われた結果、多額の金銭が出ていくリスクもありますので、ご注意ください。
懲戒処分とは?
会社が、社員の企業秩序違反行為に対して科す制裁のこと。
戒告、譴責(けん責)、訓告、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇など
どういう場合に懲戒処分ができるのか?
以下の3つが最低限必要です。
- 就業規則に明記されていること
- 適正手続を踏むこと
- 処分の相当性
①就業規則に明記されていること
そもそも就業規則に、どういう場合に、どういう処分を与えるか明記する必要があります。
労働基準法89条9号には、
第八十九条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。
九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
こう定められており、制裁の種類と程度の記載が必須です。
もちろん、常時十人以上使用しない場合でも、就業規則に定めているかどうかが重要な要素になります。
どのように定めるかは、たとえば厚生労働省のモデル就業規則が参考になります。
(懲戒の事由)
第68条 労働者が次のいずれかに該当するときは、情状に応じ、けん責、減給又は出勤停止とする。
① 正当な理由なく無断欠勤が_日以上に及ぶとき。
② 正当な理由なくしばしば欠勤、遅刻、早退をしたとき。
③ 過失により会社に損害を与えたとき。
④ 素行不良で社内の秩序及び風紀を乱したとき。
⑤ 第11条、第12条、第13条、第14条、第15条に違反したとき。
⑥ その他この規則に違反し又は前各号に準ずる不都合な行為があったとき。
2 労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第53条に定める普通解雇、前条に定める減給又は出勤停止とすることがある。
① 重要な経歴を詐称して雇用されたとき。
② 正当な理由なく無断欠勤が_日以上に及び、出勤の督促に応じなかったとき。
③ 正当な理由なく無断でしばしば遅刻、早退又は欠勤を繰り返し、_回にわたって注意を受けても改めなかったとき。
④ 正当な理由なく、しばしば業務上の指示・命令に従わなかったとき。
⑤ 故意又は重大な過失により会社に重大な損害を与えたとき。
⑥ 会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなったとき(当該行為が軽微な違反である場合を除く。)。
⑦ 素行不良で著しく社内の秩序又は風紀を乱したとき。
⑧ 数回にわたり懲戒を受けたにもかかわらず、なお、勤務態度等に関し、改善の見込みがないとき。
⑨ 第12条、第13条、第14条、第15条に違反し、その情状が悪質と認められるとき。
⑩ 許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用したとき。
⑪ 職務上の地位を利用して私利を図り、又は取引先等より不当な金品を受け、若しくは求め若しくは供応を受けたとき。
⑫ 私生活上の非違行為や会社に対する正当な理由のない誹謗中傷等であって、会社の名誉信用を損ない、業務に重大な悪影響を及ぼす行為をしたとき。
⑬ 正当な理由なく会社の業務上重要な秘密を外部に漏洩して会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき。
⑭ その他前各号に準ずる不適切な行為があったとき。(引用元:厚生労働省)
上記の例で言うと、「AIを無断で利用した場合」という定めはありません。
ただ就業規則上、AI利用を禁止・承認制にしていれば、
⑥ その他この規則に違反し又は前各号に準ずる不都合な行為があったとき。
無断で使わないように何度も指示・命令したのに従わなかった場合は、
④ 正当な理由なく、しばしば業務上の指示・命令に従わなかったとき。
AI利用によって会社に重大な損害を与えた場合は、
⑤ 故意又は重大な過失により会社に重大な損害を与えたとき。
に該当し得ます。
ただし、規則に違反すれば常に懲戒対象になるわけではありませんし、後述する相当性も問題になります。
また、「正当な理由なく」「しばしば」「故意又は重大な過失」「重大な損害」などは”評価”の問題なので、「本当にこの条項に該当するのか?」ということは慎重な検討が必要です。
②適正手続を踏むこと
なにをもって「適正」というかはケースバイケースですが、最低限、対象となる従業員に対して弁明の機会を与える必要があります。
また、処分の前提として、本当にAIを無断利用したのか、どのように利用したのか、どの程度利用したのかといった事実確認も不可欠です。しかもそれは、ただ形式的に確認するのではなく、ケースに応じた対応が不可欠です。
③処分の相当性
労働基準法には、次のとおり定められています。
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
つまり、就業規則にも定めがあり、適正手続を踏んだとしても、その処分が相当性を欠けば無効となります。
極端な例を言うと、就業規則でAIの利用が禁止されている会社で、一度だけ短時間AIを使い、特に実害も生じていなかったとします。
それに対して懲戒解雇というのは、相当性を欠き無効です。
また、
- 他にもAIを使っている社員がいると判明しているのに、特定の社員だけ(重い)懲戒処分を与える
- 社内の過去の類似事例と比較して重すぎる
- AI利用が黙認されていたのに特定の社員だけ懲戒処分にする
こういった場合も、無効になる可能性が高まります。
まとめ
今回はChatGPTなどのAIを無断利用した社員を懲戒処分できるか、という問題を解説しました。
ここまでお読みいただくと、「結局どうなんだ?」と疑問に思うはずです。
まさにそこが大事で、「こうだったらこう」と言い切れない難しい問題である、という認識こそ重要です。
また日本は労働者保護の考えが強く、懲戒処分は労働者にとって非常に不利な制裁であることから、有効とされるハードルが高いという認識も重要です。
これまで多くの経営者から相談を受けてきましたが、経営者が「法的に問題ない」と考えていても、弁護士から見れば「問題がある」というケースは非常に多いです。
だからこそ、経営者の考えで突き進むのではなく、専門家である弁護士のサポートが重要です。
「懲戒処分は無効だ」と争われる前、つまり懲戒処分を与える前に、ぜひ弁護士にご相談ください。
当事務所でも、法律相談を受け付けております。紹介などは不要ですから、お気軽にご相談ください。

